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『私はそうじゃない』って思ってもいいんだ

最近、小池龍之介さんの『考えない練習』という本を読んでいたんだけれど、
途中から、なんだか心がぎゅっと苦しくなってしまった。

たとえば「感謝の連発はやめましょう」とか、「謝る必要もありません」とか、
仏陀の教えには「ありがとう」も「ごめんなさい」も出てこない…みたいなくだり。

いや、書いてあることの意図はわかるの。
「他人に良く見られたい」とか「嫌われたくない」っていう心のクセに気づこうね、っていう話だと思うし、
自分の心を観察するためには、そこに入り込まない冷静さも大事なんだっていうことも。

でも、それでもなんだかモヤモヤした。

私は「ありがとう」や「ごめんね」って、すごく大切な言葉だと思っている。
たとえそれが“正しさ”や“仏陀の言葉”に出てこなかったとしても、
その言葉を通して、自分の中の優しさが広がったり、誰かと心が近づいたりするあたたかい瞬間を、たくさん体験してきたから。

それを「やめましょう」と言われた瞬間、
まるで自分の大事にしてきた世界を否定されたようで、すこし悲しくなった。

そんな風に感じたとき、ふと思った。

「あれ、私、本を読んで“違う”って思っていいのかな?」
「本に書いてあることが正しくて、私が間違ってるんじゃないの?」
「自分勝手な人間になっちゃうんじゃないかな?」

そんな不安がわっと押し寄せてきた。

でもその時、ふっと浮かんできた言葉があった。

『私はそうじゃない』って思ってもいいんだ。

本に書かれていることも、SNSの投稿も、誰かのアドバイスも、
ぜんぶ「その人の旅で得た地図」みたいなもの。

だからこそ、「私はそうじゃない」と思うことは、誰かを否定しているわけじゃない。
ただ、「私の旅はこっちだった」と、自分の足で歩いている証なのかもしれない。

本って、正しさが書かれているものだとずっと思っていた。
でも最近は、それも情報の一つなんだと、少しずつ実感し始めている。

「嘘でもいいから“ありがとう”を言い続ければ心が変わる」って言う人もいれば、
「感謝は手放すべき幻想です」って書く人もいる。

どっちが正しいのか? じゃなくて、
自分が体験して、どう感じたか。それがすべて。

このやりとりの最後に、私はこう言った。

「それでいいか。自分に軸があるんだ!!」

本の内容にモヤモヤした私も、
「でも私はこう感じた」って言えた私も、
どちらも私で、どちらも正直だった。

だからこれからも、本を読んだり、人の言葉に出会ったときには、
「で、私はどう思った?」って、静かに自分に問いかけていこうと思う。

そうやって、自分だけの地図を描いていけたらいいな🌿

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